目次
1.人的資本の情報開示とは
自社の人材戦略と組織の成果に関連する情報を社内外に公表すること
人的資本の情報開示とは、自社の経営層・中核人材に関する方針、人材育成方針、人的資本に関する社内環境整備方針などの情報を社内外に公表することです。企業は、これらの情報について自社が直面する重要なリスクと機会、長期的な業績や競争力と関連付けながら、目標や指数を検討する必要があります。 人的資本の情報開示の目的は、経営者、投資家、従業員などのステークホルダー間の相互理解を深め、戦略的な人的資本形成、中長期的な競争力強化や企業価値向上を実現することです。単に情報を開示するのではなく、前提として、人的資本への投資に係る明確な認識やビジョンを有していなければなりません。
具体的には以下を実施する必要があります。
- 競争優位に向けたビジネスモデルや経営戦略の明確化
- 経営戦略に合致する人材像の特定と、その人材を獲得・育成するための施策の実施
- 成果をモニタリングする指標・目標の設定
人材戦略が取締役・経営層レベルで議論・コミットされているか、従業員の共感を得て浸透しているかどうかが、投資家が戦略の実現可能性を評価する判断材料となります。企業は、「人材戦略に関する経営者の議論とコミットメント」と「従業員との対話」から導き出した人的資本に関する方針を公表し、「投資家からのフィードバック」を踏まえて人材戦略をブラッシュアップすることが求められるのです。
人的資産とは
人的資本とは、個人が持つ能力や資格などを「企業資産」と見なす考え方を指します。人材は、教育や研修、日々の業務を通じて能力や経験、意欲を向上・蓄積することで付加価値創造に貢献する存在です。事業環境の変化、経営戦略の転換があれば社内外から登用・確保しなければなりません。これらの観点から、人材も企業に価値をもたらす「資本」の性質を持つと考えられるため、「人的資本」と表現されるようになりました。 人的資本の投資は、競合他社と差別化を図り競争優位を高める重要な要素であり、成長や企業価値向上に直結する戦略投資であるとの認識が企業だけでなく投資家にも浸透しつつあります。現在は多くの投資家が、企業の将来の成長・収益力を確保するためにどのような人材を必要としていて、具体的にどのような取組を行っているか、経営者からの説明を期待しています。
人的資源との違い
経営資源は一般にヒト・モノ・カネ・情報の4つの要素から構成されると言われています。人的資源とは、「ヒト」を企業にとってのコスト要因として捉える考え方です。従来は、従業員は単に与えられた仕事をこなすだけの存在であり、労働に対し賃金を支払わなければならないことからコスト(人件費)として捉えられていました。 人的資本においても、賃金支払いとしてコストがかかることには変わりません。しかし、人的資本では、従業員に教育訓練投資を十分に行えば企業の成長や競争力の向上につながると認識しています。すなわち、人的資源は人材にかかる費用を「コスト」と見なしているのに対し、人的資本はその費用を「投資」と捉えている点が両者の違いとなります。
2.情報開示の義務化に至った背景
欧米の情報開示義務化
欧州では、2012年にEUが非財務情報開示指令(NFRD)において、従業員500人以上の企業を対象に「社会と従業員」を含む情報開示を義務づけました。2019年にはISOが人的資本マネジメントに関して、社内議論用・社外開示用の指標を整理し、2021年にはECが非財務情報開示指令の改定案を発表しています。 米国では、2019年にサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が改訂版スタンダードを公表しました。この公表において、人的資本の領域について重要項目の開示を要求しています。2020年には、米国証券取引委員会(SEC)によって、人的資本に関する情報開示が義務化されました。 このような欧米の動向も、日本で情報開示の義務化に至った背景のひとつです。
人的資本に対する関心の上昇
従来は、自社の人的資本への投資は、短期的には利益を押し下げ資本効率を低下させるものとみなされていました。そのため、企業による資本効率向上を図るなか、人的資本への投資は抑制されたり、後回しにされたりしやすい構造にあったのです。 しかし、IT化やデジタル化が発展している現代において、「ヒト」にしかできない業務があるこ とや、技術革新には「ヒト」の能力が不可欠であることが認識されるようになりました。現代の企業価値の大部分は人的資本や知的資本の量・質、ビジネスモデルなどの無形資産に依存しています。その結果、特に人的資本に対する関心が高まり、その価値が向上したのです。 今では、企業の競争優位の源泉や持続的な企業価値向上の推進力は、人的資本にあるという認識が社会全体で広まっています。
ESG投資の重要性の増加
人的資本の情報開示の義務化の一因として、ESG投資の重要性が増していることが挙げられます。
ESG投資とは、以下の3つの観点から投資先企業を選定する方法です。
- Environment(環境)
- Social(社会)
- Governance(企業統治)
近年、SDGsの考え方が市場に浸透したことにより、ステークホルダーは財務状況だけでなく、「環境」「社会」「企業統治」といった非財務情報も重視するようになりました。ステークホルダーは、投資の判断材料とするために企業が実施しているESGに関する取組内容の説明を求めています。 人的資本は3つの観点のうち「Social(社会)」に位置づけられており、ESG投資における企業評価の重要な要素とされています。こうした背景によって、人的資本の可視化が求められるようになったのです。
3.人的資本の情報開示の義務化の詳細
2023年3月期決算から義務化
人的資本の情報開示は、2023年3月期から義務化されます。毎年、事業年度終了後おおむね3か月以内に情報公開することが求められます。これは、2023年1月31日、企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正により、有価証券報告書等において「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、サステナビリティ情報の開示が求められるようになったためです。 対象企業は、有価証券報告書等の「従業員の状況」の記載において、既存の項目に加え、女性活躍推進法に基づく女性管理職比率・男性の育児休業取得率・男女間賃金格差といった多様性の指標に関する開示を行わなければなりません。
主に上場企業が対象
人的資本の情報開示の義務化は、金融商品取引法第24条に基づき「有価証券を発行している企業」です。従って、大手企業約4,000社が、2023年3月期決算以降の有価証券報告書に人材投資額や従業員満足度といった情報を記載することが求められます。 情報開示義務は大規模な株式募集を行う有価証券届出書発行者などにも適用され、企業が株式を一般に公開する場合、人的資本に関する情報を提供しなければなりません。情報開示の対象企業は、特定の情報を有価証券報告書に記載することで、ステークホルダーに対して透明性を確保します。 有価証券報告書は金融商品取引法に基づく法定開示のひとつのため、虚偽記載を行えば罰則が課されます。しかし、人的資本に関して記載した将来情報が実際の結果と異なる場合でも、合理的な仮定に基づき適切な検討を経たものであれば虚偽記載には問われません。
4.人的資本の情報開示を理解するうえで必要不可欠な重要資料
ISO30414
ISO30414とは、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が定めたマネジメントシステム規格のひとつで「人的資本の情報開示のガイドライン」です。人的資本の情報開示規格が以下の11領域49項目に分類されています。この規格は、世界の企業が共通の基準で人的資本の情報開示をできるように制定されました。
1.コンプライアンスと倫理 |
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2.コスト |
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3.ダイバーシティ(多様性) |
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4.リーダーシップ |
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5.組織文化 |
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6.組織の健康・安全・福祉 |
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7.生産性 |
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8.採用・異動・離職 |
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9.スキルと能力 |
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10.後継者育成計画 |
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11.労働力確保 |
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「人的資本の情報開示義務化」資料ダウンロード
- 人的資本の情報開示とは
- 情報開示の義務化に至った背景
- 人的資本の情報開示の義務化の詳細
- 人的資本の情報開示を理解するうえで必要不可欠な重要資料
- 情報開示が求められる分野と項目
- 情報開示の義務化に伴う必要な対応
- 効果的な情報開示のポイント
- 情報開示における留意点
- まとめ
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